もうひとつの歌

今回のテーマは君が代

君が代が国歌になったのは明治のはじめのことで、薩摩藩に伝わる琵琶曲集の中から選ばれたそうだ。歌詞自体は古今集の時代から伝わるもので、もともと「君」は相手に対する尊敬語で、お祝いのときの歌われる歌だったらしい。くわしくは、「君が代の起源は?」(http://www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/kimigayo.html)。(そういう意味では国歌としての意味づけがされたのはたかだか百数十年前であり、新しい歌だということができる。これに限らず今伝統と呼ばれていることの中には明治の時代に意図的に作り出されたことが多い。)

今では、この歌は天皇が君臨する世の中がいつまでも続くようにという意味で歌われている。そのこと自体は特に騒ぎ立てすることではなく、たとえばイギリスの国歌は “God Save The Queen”だ。

君が代を歌いたくない人たちがいるのは「不幸な歴史」による大日本帝国的なもの全般に対する嫌悪感のためだといわれているが、それは必ずしも正しくない。もう過ぎさってしまった歴史ならむしろ歌には罪がないという言い方もできるし、日本国民の総意に基づいている天皇という地位が存続すると言うことで、現在の国民主権の体制がいつまでも続くことを願っているのだという解釈も不可能ではない。

でもそれは歴史上ではなく現在の問題だ。

さて、「国家」というのは政府のことだけをさすのではなく、その外側にある国民とよばれる人全員からなる共同体を指している。そういう共同体が存在しているという合意がなければ、政府のいうことに従う理由がなくなってしまう。通常は、その共同体がどういう性格(来歴、特徴など)のものなのかということについての物語が共有されているものだとされている。たとえば、戦前の日本では「天皇を中心とする神の国」という物語が信じられていた。

太平洋戦争の終戦時に、戦争を引き起こした責任を自分たちで裁かずに、アメリカまかせにしたままあいまいにやりすごしてまったことと、哲学なしに制度だけ民主主義を導入してしまったことで、物語のレベルでは「天皇を中心とする神の国」が薄い皮の下に隠れながらもそのまま残ることになってしまった。ソフトウェアのオブジェクト指向の用語で言うと、「戦後民主主義的な国」は「天皇を中心とする神の国」のメソッドを単にdeprecated(使用が推奨されないとマークをつけること)にしただけで、override(上書き)はしなかった。その結果、「実はこんなメソッドが呼べるんだ」という偽の発見のオンパレードがおきた。

そういうことのせいで、今の日本には二つの共同体が存在している。ひとつが「戦後民主主義的な国」で、もうひとつが「天皇を中心とする神の国」だ。そして「君が代」は後者の国歌だ。だから「戦後民主主義的な国」に属していると思っている人は「君が代」を歌えない(ほかの国の国歌だから)。では、「戦後民主主義的な国」独自の国歌が作れるかというと、歌になるような共有の物語がないのが現状だ(多分憲法的な理念が物語になるのに一番近いところにあったはずだが、いろいろあって、そうはなっていない)。というよりそもそもそういう物語はもういらないし、歌もいらないという認識があったのかもしれない。

日本では制度面でも民主主義がきちんと作動してきていないけれど、物語がないということがひとつ原因かもしれない。個人的には物語は好きではないが、便宜的には必要なものではないかという気もしてきている。ということは歌も必要なのだけど、それがどんな歌なのか皆目見当がつかない。